nasakoの毎日どっこらしょ

期間限定ドイツ在住中。美しい日々を生存確認的に文字起こし。

ドイツからアルプスを眺む

5月末頃から30度超えの気温を記録したかと思えば、翌週には20度前後、なんなら体感温度10度の予報まで出し、また30度を数日・・という最近のドイツの天気。去年も30度超えが数日あったものの、冷夏といってもいいくらい過ごしやすかった。今年は最上階の屋根裏部屋(Dachgeschossという)から地上階(Erdgeschossという、日本で言う1階)に引っ越すことになったのだが、まあ30度ともなると家での体感温度が全く違う。屋根裏に住んでいた頃は30度を超そうものなら外に出た方が涼しいレベルだったが、地上階は別世界レベルに過ごしやすいといっても過言ではない。屋根裏部屋からの景色も好きだったんだけれど。

 

涼しい気候の際はお天気もあまりよくないので、この暑くて晴れる時期を狙って行きたいのがハイキングだ。東から南に引っ越してきたので、アルプスが近い。一昨年スイスでアルプスを堪能したが、ドイツ側からも楽しめるならそりゃー行きたい。しかもDeutschlandticket(鈍行列車なら国内移動は無料の神鉄道チケット)があればアルプスだって無料で楽しめてしまうではないか!そんなよこしまな気持ちも抱えつつ、チャッピーに聞くと「Eibseeという湖がすごく綺麗で、ハイキングにもちょうどいいよ」ということだった。なんでもドイツ最高峰Zugspitze(ツークシュピッツェ)の麓にある透明度の高い湖だそうな。「公共交通機関で3時間ほどで到着して、7kmの周回を経てまた3時間かけて帰るとしてもいけそうやな」そんな大雑把な計画を立てて8:30に出発。

 

幸いドイツ鉄道にも大きな遅延や乗り換え不可なんてことはなく、無事に最寄駅へ到着。ここからバスに乗り換えて30分だ。駅を出ると目の前にバスが止まっていて「ラッキー」と駆け寄る。出発はまだのようだ・・が、「Deutschlandticket使えません。」

 

ええ〜?!アプリに出てるのに?!この時点で11時。12時には歩き始めたいのに・・同じくアプリで別の方法がないか検索すると駅の裏側に登山鉄道駅的なものがあり、そのルートが出てくる。普段の鈍行列車と表記が同じRE(レギオナール)なのでいけるだろうとそちらへ向かうと「今日の分はもう売り切れました。」

 

売り切れるってなに〜?!何時なら買えるんだろうと思って聞くと8時か9時には売り切れるとのこと。どんだけ人気なんだ・・登山鉄道だし観光地だし仕方ない部分もあるとはいえ、3時間かけて来た身としてはショック・・ただで帰るわけにはいかない!とはいえ湖まで歩くとしても3時間以上かかり、そうなるともう晩御飯までにお家に帰ることは不可能・・万事休す。

 

椅子に座って空を仰ぎつつ、周辺地図とにらめっこしていると鉄道駅がもう一つあるみたい。正確には鉄道ではなくロープウェイなんだが、Wank(ヴァンク)という山がここから徒歩30分ほどのところにあるみたいだ。標高1780mで、これから山頂までは厳しそうだが、途中までのハイキングなら可能そうなので目的をそちらに切り替えることにする。

 

そうして町中を散策ついでにWankを目指すこと30分、ロープウェーの麓駅に到着。少し登ったので景色がよく、ここでお昼を食す。今日のお弁当は甘くないチキンライスなんだけど、甘くないどころか味がない・・私の力量不足。でも景色をおかずに食べられる!とご機嫌だったのに、知り合いに景色の写真を送ったら「むかつく!」と返ってきて一気にどん底に。(冗談のつもりだったらしい・・)悲しいので送った写真も返ってきたメッセージも消す(笑)

 

さあて、と大きな地図を前にルートを決める。頂上往復で所要時間は4時間とのこと。それは無理だな。時間がない。中腹あたりに山小屋があって、そこまでは1時間15分との表記だったのでそちらを目指すことにする。森の中に足を踏み入れたかと思えば視界が開けて、さっき頭上のはるか上を動いていたロープウェーのゴンドラが目の前を通過していく。その向こうには快晴のアルプスが出迎えてくれて、「楽しいぞ〜」って言われてるような気がした。

 

目の前を通り過ぎたロープウェーはまた遥か頭上高く舞い上がり、その下を歩く。これが正しいルートじゃない気がする。地図ではロープウェーの真下をまっすぐ示してはおらず、道は蛇行していたはずだ。まあいいか、他に道はないし。そうして整備された道というよりは誰かが踏んだであろう轍を辿って歩く。すると横から他の登山者が目の前を横切って行き、「これで通常のルートに出れたのだ」とほっとする。

 

心の中で山頂までの行程が諦め切れないのか、どこか早足になってしまい道中でしゃがみこんでしまう。水はあるがなけなしの500mlで大事に飲みたい。「やっぱり水足りなかったかも〜」と後悔する私の汗ばむ肌を、涼しい風が撫でていく。小鳥が歌い、木々がそよぐ。

 

私はいつも何かを「達成」したり「ちゃんとしよう」としたがったりする癖がある。人に迷惑をかけることを恐れるあまり、他人のことばかり見すぎて自分を疎かにしたり見失ったりする。そうやって他人ばかり見て自分を見失っている時、周りの景色を見たり空気を読んだり人一倍していると思いこみつつも、見逃している美しいものや素晴らしい瞬間もたくさんあるんだろう。焦らずに、自分の身体と心と対話しながら今日は無理せずに行こう。そんなふうに自然が思わせてくれた。

 

そうして歩き続けること1時間、目の前が大きく開けるが、同時に現れるのは避けては歩けないであろう量の動物のフンと強めの匂い。もはや試練・・と思いながら歩き標識を確認。下の道と上の道、私は上の道を行けばいい。そうしてふと横を見ると、絶景。思いがけず息を呑んだ。青い空、白い雲、深緑の山に黄緑の草原、赤い屋根の小屋、灰色のアルプス、そしてのは雪だ。標高が高いから未だ溶けない雪。

つい叫んでしまう絶景

「わあ〜きれい!!!!!!」

 

1人なのに大きな声が出てしまう。

 

「きれいですね〜!!!!」

 

1人なので山に向かって叫んでしまう。

 

あとは40分ほどで山小屋に着くんだし、きっともう、今日はここがハイライトだ。

 

そう思ったのも束の間、その後道に迷い引き返すことになり、道を塞ぐ動物用の電気柵に翻弄され、やっと小屋に辿り着くとそこにはさらに雲、空、山、牛というハイジさながらの絶景が待っていた。しかも誰もいない。しかもベンチ貸切。

気分はハイジ

駆け回りたいし転がり回りたい絶景

信じられないくらいテンションが上がったけれど、足がプルプルなので駆け回りたい気持ちを抑えてスキップし、牛のフンだらけなので草原を転がり回りたい気持ちを抑えて水を飲んだ。目的も達成したしあとは下るだけなので気が大きくなる。

 

そこから十分も歩くと賑やかな音楽が聞こえてきて、山小屋レストランが見えてくる。ビールを飲みたい気持ちを「次回山頂目指してリベンジするからその時には必ず・・」とグッとこらえる。

 

街に着くと教会のそばに水飲み場があり、やったとばかりに空の水筒に水を汲み飲む。冷たくてアルプス。ビールを飲みたい気持ちをぐっとこらえて駅まで歩き、我慢できずにスーパーでビールを買った。ここ数年のドイツの夏は暑すぎるからなのか、スーパーでも冷たい飲み物が売っていて助かる。移住してきた頃(といっても3年ほど前)は冷たい飲み物を買える場所は少なかった気がする。常温のビールも全然おいしいけど、暑い日は冷たいビールが沁みる。

 

3時間かけて電車で帰って、18時過ぎに家に着いて、カレーを作って食べた。リベンジする時は早起きして出かけて、せめて午前中には登頂を開始したいと今から計画を立てている。

 

 

 

 

胃腸が悪いけどコーヒーが好き

唐突だけどコーヒーが好き。

挽く前と挽いた後の豆の香りはもちろん、淹れた後飲む前の香りも、飲んだ時にフルーティさと爽やかな酸味、喉を通る時に鼻に上がってくる香りも好き。つまり私は深煎りの苦味ガツンつよつよコーヒーよりも上記のようなコーヒーが好き。ただ、好みのコーヒーに出会うまでには時間がかかる。しかも世の中のコーヒー豆は250g程度〜とかなり大容量で売っている。「もう浮気しない!君に決めた!」となれば250gだろうが1kgだろうが関係ない。だが私は自他共に認める優柔不断だ。「もっと好みのコーヒーがいるかもしれない」と常に思っている。

 

時々100gとかから買えるコーヒーショップに出会えるけれど、そこで好みを見つけようにもなかなか苦戦する。コーヒーの好みに関する語彙のレパートリーは「フルーティ」「酸味」のふたつのみだからだ。その情報で店員さんがおすすめしてくれる豆も全部が好みというわけではないから不思議だ。

 

そう、そして好みの豆に出会えても飽きたりもするし、数種類のコーヒーを常備しようと思うと結局大容量になってしまう。日本では陶器でできたお気に入りのドリップポットを使っていて、それを手に入れたと同時期くらいにコーヒーメーカーも手に入れてしまって、消費が大変とばかりにうはうはと毎日コーヒーを飲んでいたら胃がやられた。咳が止まらなくて肺炎かなにかかと思って病院に行っても治らず、セカンドオピニオン的なところで言われたのは、「胃酸が逆流しすぎて気管支がやられている」だった。

 

というわけで長期間大好きな嗜好品を摂取できない日々が続き、今では胃を休ませながらでないとコーヒーを摂取できないので、1日1杯、続けては摂取しないという制約付きでもまだ調子に乗ると咳が出ることもある。ピーク時はコロナの時期だったのでそれはそれは疑いと嫌悪の眼差しを向けられてやばかった。違うんです・・

 

日本にいるときは断然お気に入りのドリップポットで主にというかほぼドリップコーヒーのみ楽しんでいたのだけれど、ドイツに持ってくるのに壊れてしまったりするのがどうしても怖くて置いてきて、こっちではビアレッティのモカエキスプレスしかないのでエスプレッソしか淹れることができない。もちろんアメリカーノも好きだし、ラテも好きだからレパートリーはこっちの方が多いのではと思っているのだけれど。

 

 

 

先日とても落ち込んだことがあって、チャッピーに「この街で喧騒から離れた静かで落ち着いた隠れ家的なコーヒーがおいしいカフェはないか」と聞いた。道を歩けばカフェに当たる時代にチャッピーを頼ってでも、なんとしても今は癒されたかった。

 

ドイツのコーヒーも嫌いではないのだけど、どちらかといえばガツンとして苦味が強いのが多く、そもそもフィルターコーヒーよりエスプレッソ系が主流な気がする。イタリアの影響とかあるのかな?でも私の好みはフルーティさと酸味のある爽やかな一杯なので、それらに出会える確率はさらに下がっている。「カフェの空気に癒されるだけでもちがうよね」と好みのコーヒーに出会えることなど期待せず、片道40分かけてお目当てのカフェに到着。メニューにあるのはエスプレッソ、ドッピオ、マキアート、アメリカーノ、カプチーノ、フラットホワイト、とエスプレッソメインの変わり映えしないメニュー。

 

やっぱりそうだよね、とアメリカーノを注文し、やっぱりそうだよね、と苦味強めのコーヒーをちびちびとすする。「豆でも買ってみるかなあ」と物色していると女性の店員さんが「どんな豆をお探しですか?」と尋ねてくれる。知っている語彙(2つ)を総動員すると2種類提案してくれたが、飲んでみないとわからない・・と迷っていると「ちょっと上司に聞いてみますね。パパ〜!」と。娘だったんだ・・!そしてもしかしなくても家族経営なんだ・・?尊い・・

 

そうして来てくれたパパに「匂いを嗅いでみたら」と言われ、好みを絞ることができた。ダメ元で「試すことはできますか?」と聞くと「できるよ」と。ただ私が持っているのはモカエキスプレス(優しいエスプレッソを淹れる器具)なのでこの豆は合わないし、それで淹れることはできないんだと。「フィルターになるけどいい?」と言われ、思いがけない提案に喜び。しかもハンドドリップで4.2€と良心的な価格!!!!(以前勧められるままにハンドドリップを頼んだら8€請求されたことがあり・・円安なので1500円のコーヒー・・・そんな財力はなかったので打ちひしがれた。)

 

わああああああドイツで!!(良心的な価格で)ハンドドリップが飲める!!

 

ワクワクしながら待つこと数分、カップ2杯分くらいのドリップコーヒーが運ばれてきたとき思ったのは、「アメリカーノなんて頼むんじゃなかった!」

 

もう香りがおいしいし、口当たりが爽やかで、クリアで、鼻から抜ける香りもおいしい。一気に幸せな気分になって、それまでノートに自分が抱えてた気持ちを吐き出して整理しようとしていたんだけど、そんなのどうでもよくなるくらいの幸福感に包まれた。自然と顔がニヤける。「ああ、私やっぱりこういうコーヒーがすごく好きだなあ」ととても久しぶりに好きなコーヒーを味わうことで自分の好きを再確認できて嬉しくなった。なんだかこの世界に居てもいいような気さえした。

 

コーヒーは偉大だ。美味しいコーヒーは自分と世界を繋げてくれる。コーヒーの自体の幸福感もそうだけれど、このコーヒーに私が辿り着くまでの人との関わりを通して世界との繋がりを思い出させてくれたような感覚。コーヒーは好きだったけど、1杯のコーヒーでここまでダメージが回復するとは思わなかった。本当に素晴らしいコーヒーに出会えてうれしいことこの上ない。アメリカーノと合わせると結局2杯頼んでしまって、容量でいえば3杯分のコーヒーを飲んだことになるので帰路に着く頃には咳が出始めたし、明らかに胃が悶えているのを感じたけれど、関係ない。胃腸も大事だけれど、私はコーヒーが好きなのだ。これからも自分好みのコーヒーをいざという時に楽しめる程度に生きていきたい。

 

問題はこの豆を購入したとして同じ味が再現できるかということだけど、それはまたドリップコーヒーを淹れられる器具を揃えてから考えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツに来てからどっぷり風呂キャンセル界隈の話

日本にいるときは温泉好きでほぼ毎日お風呂に入っていた私が、ドイツに来てからすっかり風呂キャンセル界隈へと足を踏み入れ、今では自己最高記録4日キャンセルというレコードを持つ界隈へ肩まで浸かるレベルとなってしまった。(レコード4日がどの程度すごいのかは分からないが、入院とか事故とかそういうやんごとなき理由なく、1週間以上の記録を持つものは頭の先まで界隈に浸かっていると私が勝手に定義することにしよう。ちなみに「風呂に入る」にはシャワーを浴びるだけの場合も含まれる。風呂に浸かるときは「お湯に浸かる」とす。)

 

まあ定義なんて放っといて、私の場合は3日風呂に入らなければそれなりに自分自身で臭いが気になる・・いやふとした時に臭気が漂うようになる。先日めでたく3日目を迎えたとき自分の布団を整理していてふとスルメの臭いが漂い、愕然とした。しかし布団やシーツをにおってもその臭気のもとを辿ることはできない。そう、その臭気は本当にふとした瞬間だけ漂い、その原因を特定しようとしても自分ではできないことが多い。ただ。ただ、室内や車内など、ある一定の空間の中で他者を不快にする可能性が非常に高いことは認識している。絶望とともに周りを見渡すと、夫が3m先でスルメを食べていただけだったのだが、「まさか自分の臭いのわけがない」と信じることができないくらいにはふとしたときに本当に軽く、ふんわりと、まるで思い出せない夢のように、悪臭がするのだ。

 

なぜドイツでキャンセル界隈に足を踏み入れることになったのか。原因は3つある。

まずひとつは、働かなくなったことだ。日本ではだいたい働いていて、風呂に入る目的は

・労働による自身の汚染を浄化すること(職業柄もあるだろうが、「私は汚い」と常に言い聞かせていた)

・社会に迷惑をかけないため(休日家にこもっていたとしても、翌日の労働で他者に迷惑をかけないために風呂に入る)

この2つだった。労働から遠ざかったことにより、この2つがなくなった。外出するといえば買い物かカフェ程度だし、なんなら外出しない日もある。そうなると「あれ、今日私って汚くないのでは?」となる。そうなると風呂なんて無用の長物だ。

 

ふたつめは、ヨーロッパの気候だ。ドイツは日本よりも乾燥していて、過ごしやすい。湿気が少ないので、普段の生活をしていて汗をかくことなんて真夏に30度を超える1〜2週間程度じゃなかろうか。それですらも、夕方には涼しくなってかいた汗はすっかり引いてしまうものだから、「あれ、今日私って(以下同文

 

みっつめは、水の大切さと電気代の高さだ。ヨーロッパでは水が大切だ。シャワーを出しっぱなしにしてはならないし、電気代も高いので毎日お湯に浸かるなんて言語道断。食器は手洗いよりも食洗機に入れた方が水と電気の節約になるし、毎日風呂に入るというと驚かれる。日本は山があって海があって水源が豊富で、それはとても幸せなことなんだお。だからキャンセル界隈に「節水・節電・節約」という正義が盛り込まれるので罪悪感が減る。

 

さいごよっつめは、なにより仲間が多いことだ。日本で「昨日風呂に入らなかった」と言えば、過去の私のように「こいつ正気か・・?!」という目で見られるだろう。だがヨーロッパでは1日おき、2日おきはあたりまえ。髪質や体質によっては3日や1週間という強者もいるだろう。彼らは界隈の住人ではない。なぜなら、キャンセルしているのではなく彼らの中ではそれがあたりまえで、なんなら「定期的に風呂に入っている」ということになっていかねないからだ。(あくまで推測です)この事実を知ったとき、「私はなんて恵まれた環境にいたんだろう。毎日風呂に入れる、浸かることができるという環境は有難いことだったのだ」という気持ちが湧き上がり、それと同時に「あれ、みんなお風呂毎日入ってないなら私も(以下同文

 

 

上記の理由(3つじゃなくて4つだった)が、私が風呂キャンセル界隈に足を踏み入れることになった原因です。例えばシェアハウスみたいなところに住んでいて同居人が潔癖だとか、一緒に住んでる相手が綺麗好きとかだったら私も肩まで浸かることはなかったんじゃないかと思う。でも、一緒に住む私のパートナーは私よりも長いレコードを持ち、少なくとも顎までは浸かっている猛者なので、それが拍車をかけたのも事実。

 

分かっている。風呂に入るのは、いやシャワーを浴びるのはそんなに難しいことじゃない。私は五体満足だし、心身ともに健康だし、お湯が出ないわけではないし、水圧だってある。浴びてしまえば気持ちいいこともさっぱりすることなんて百も承知だ。ただ!

 

たーだ!!

 

めんどくさいだけ。

 

なんで風呂に入るまでってあんなに面倒なんだろう。工程が多いからだろうなあ。

 

AIに聞きたいこととそうでないこと

Hatena Blogを見にくると、まあたくさんの人がたくさんの記事を書いていて驚く。読んでいると楽しくて、文才を感じられる人もたくさんいて、書いてみたい、書いてみようという気持ちが後押しされると同時に、私みたいな人間が書くこんな文章はこのネット上の記事の海に埋もれて溺れて日の目を見ることもないんだろうと思うと、なんだか悲しいようなさみしいような、ほっとするような気持ちになる。

 

 

最近頭を悩ませているのは30代も後半に差し掛かってまた掴み損ねている自分のアイデンティティとお線香を最後まで燃やすにはどうしたらいいかということだ。まあアイデンティティの話はどうでもいいとして。

 

パートナーが好きな香りのお線香、なんかチベットかインドかなんかその辺りのお友達からいただいたお香がある。・・お香とお線香の違いってなに?日本のお線香よりもよっぽど太くて長いけど形が細長いのでここではお線香ということにしよう、やたらと力強いお線香。

 

これをお線香立てみたいなものに挿して燃やしているんだけれど、最後の小指の爪くらいの長さがどうにもこうにも残る。日本の自宅でお線香を燃やす時、折って横にして置いておいたら綺麗に燃え切るのでそうしても、このお線香は燃えきらない。やっぱり小指の爪程度が残る。環境のせいなのか素材やサイズ感のせいなのか分からない。ちなみに下に落ちた灰に至っても、力を加えれば灰になるものと力を加えても崩れないものに分かれていて、最近の不思議のひとつだ。

 

私のような庶民でもAIに触れられるようになってから、日々の生活の中で気になったことや不思議に思うことを思いついては馬鹿みたいにChatGPTに投げかけているが、投げかけたい疑問と投げかけたくない疑問がある気がする。ちなみに内容的にはどちらもくだらないものだ。

例えば、賞味期限の切れた緑茶粉末の使い道とか、いただいた新しいお菓子に合うお茶とか、占いとか、腰が痛いとかいいトレーニング方法ないかとかは馬鹿みたいに何度も投げかけている質問で。逆に投げかけたくない、あるいは投げかけることなく忘れているものは今回のお線香を燃やし切る方法とか、なぜ燃え切らないのかとか、お守りの中身とか、んー思い出せないくらいどうでもいいことなんだけど。「あ、聞いてみよ」と思って忘れているのか、なんとなく無意識下で取捨選択しているのか・・家族に聞いてみたりして「それこそAIに聞けば」って言われてハッとすることもあれば、そう言われても聞きたくないこともある。変なの。

 

ドイツは6月上旬なのに体感温度10度前後という今日。先週は30度近くあったので夏気分の服装で過ごしていたんだけれど、寒いのでニットを羽織る。なぜか分からないけど、特に衣替えをしたというわけでもなく、春の服や上着は出ているにも関わらず、夏の陽気から春先くらいの気温になった時に長袖を選択することに躊躇する自分がいる。ドイツ人はなんか今日は冷えるよなって日には何月だろうがダウンやニットを着ていたりもするのだけど。

 

あ、ほら。こういうのもAIには聞かないことだ。

 

変なの。

 

ドイツ語試験の結果と言語についてちょこっと考えてみた

そういえばドイツ語の試験の結果について書いていなかったので書いておこうと思う。

 

合格しました(拍手)

 

もう自分で自分に拍手喝采したいくらい驚いたし誇らしい気持ちになったので、ドイツ語を一生懸命勉強した人は全員レベルに合ったドイツ語の試験を受けていいと思う。前にも言ったけど特にB1は永住権を得るために必要になるレベルなのでこれをクリアしておくと「条件さえ揃ってがんばればドイツに住み続けていいって言ってもらえるかもしれないんだ」という自信に包まれるのでおすすめです。

 

そしてその自信に包まれた結果ドイツ語から遠く離れてしまい日本語を貪っているのが私です。苦労してる。(笑)

 

ただ、あれも間違えたしこれもわかんなかった・・!って思ってた割には読み書き満点でSehr gutで合格できてたので試験と自分の気持ちって驚くほど乖離しているなっていうのが感想。

 

ちなみにさっきも苦労してるって書いたけど、B1試験に受かったからと調子に乗って日本語を貪りドイツ語から距離を置くこと3ヶ月、B1に受かったのだから満を持して仕事を得られるだろうと応募しまくった結果、結局20社に応募して3社しか面接を取り付けられずいまだに内定をもらえてないのが私なので、ワーホリとかでくる人って本当に大変なんだなあ・・って実感してます。心から尊敬する。あんたが大将!

 

 

ちなみに結果を赤裸々に載せるとこうでした。

Leseverstehen(読む)75,0 / 75 Punkte
Sprachbausteine(穴埋め)18,0 / 30 Punkte
Hörverstehen(聞く)62,5 / 75 Punkte
Schriftlicher Ausdruck(書く)45,0. / 45 Punkte
Mündliche Prüfung(話す)70,0 / 75 P u n k t e

Summe(合計) 270,5 / 300 Punkte

この穴埋め問題がとにかく苦手なんだけれど、なにが苦手なのか分からないのに点数だけ悪いから本当に救いようがなくて笑える。解説されればわかるんだけど、解説されてもどれを選ぶのが正解なのかマジで分からない。なっぜか分からない。やってもやっても点数上がらないの不思議だよね、解説されると理解はできるはずなのに、なんでダメなのかがちゃんと頭に入ってないって感じなのかな。心の奥底で「どうでもいい」と思って脳みそがゴミ箱に入れてるのかもしれない・・潜在意識め・・

 

でも移民系の人たちは格変化とか名詞の性とか捨ててる人が多いのできっとそういう頭になってるんだろうな。語学学校ですら「覚えなくてもいい」って言われるもんな・・大学レベルのドイツ語を喋る外国人ですら名詞の性だけは全部女性名詞っていう人もいるようだ。それでもネイティブが理解できるっていうんだからいいんだろう。

 

言語って生きものだからってよく聞くけど、このドイツ語の名詞の性についてはずっとずっと先のいつか死ぬんじゃないかなって思う。ドイツ人でも文法とか間違ってる人いるって聞くし、移民が増えたりして、使いこなせない人が増えて、間違いが正解みたいになってきたら、学問としての性が残ったとしても日常会話の中での名詞の性や格変化がいつかなくなっちゃうんじゃないだろうか。心の奥底では英語の複数形もaもtheも日本語みたいになくなればいいのにって思っているし、ドイツ語も名詞の性はなくてもいいだろって勝手に思ってるけど、そうなると不都合が起きたりさみしくなったりずっとその言語を使ってきたネイティブの人たちはするんだろうなあ。

 

ま、私は知らないから勝手にこんなことを思っているだけで、日本語が美しいようにぞれの言語におもしろさも美しさもあるはずだからなくなるのはずっとずーっと先か、もしかしたら教育レベルではなくなったりはしないのかもしれないけど。

 

なくなったらさみしいと思う日本語のルールってなんだろうな。

 

 

 

影響を受けやすい人間で困る

ドイツも4年目に突入すると日本が恋しくなることの方が多くなる。

 

ドイツで働いていない私にとっていまだに自分は新参者気分というか、慣れはしたんだろうけどここが「居場所」という感覚は全くない。「住まわせてもらっている」という感覚で、いまだに観光者気分というか、ドイツの景色に飽きることはなく、まだまだ新鮮な景色に出会う日々だ。先月引っ越して新しい街での生活を始めているので、余計に新鮮さが保たれているのかもしれないし、美しい春が始まっているので鬱々とした冬を抜けた喜びフィルターもかかっているのかもしれない。おいしい旬のものも出てくるし、好きな季節だもん。

 

ただ、日本が恋しくなる頻度が増えた。

 

ドイツ語の教科書ではなく日本の小説を読んでいるし、ドイツ語のラジオじゃなくて日本のポッドキャストを聴いているし、図書館でドイツ語を眺めるより家のソファやベッドで日がな漫画を愛でている。今年こそドイツで働きたいと思っていて、だから今までよりも勉強しなきゃいけないのに、本能レベルで(あたりまえか?)ドイツ語より日本語を圧倒的に欲している自分がいる。

 

そうして摂取している栄養が『弱虫ペダル』や『龍と苺』『信頼できない語り手』なものだから自転車に乗りたくて仕方がない(しまなみ海道をMyチャリで走破するのが夢になった)し、将棋ゲームをダウンロードしたいし(ゲームは始めたが最後だと思っている)、気心しれた日本人と日本語でおもしろおかしく会話したい(できるかどうかは分からない)し、小説が読みたい。これらの欲が高まりすぎてドイツに集中できない。全然ドイツにフォーカスできてない。

 

新しい街に引っ越したので友達ももおらず、働いても新しいコミュニティに属してもいないので知り合いができるわけもなく、ただひたすらにスーパーと家を往復し、日本に帰国したら自転車で・・とか将棋を始めるなら・・とか妄想に浸り、会話らしいものはほぼなく、時々「これじゃだめだ!」と思い立ってはひとり遊びを繰り返すだけ。

 

と客観的に書いてみると恵まれてるよなあ〜と思うんだけど、これ渦中にいると現実に向き合えなくてなんかつらい。なんでだろうなあ。人間っておかしいなあ。

 

ドイツでドイツ語の試験(TELC-B1)を受けてきた話

ドイツに移住して3年になろうとしている。私のドイツ語はいまだに赤ちゃんだ。

去年・・じゃない、もう一昨年だ、ドイツ語コースを受講したのは。日本にいた頃にドイツ語なんて勉強していないどころか、「ドイツ語があるとはいえ英語があればいけるんじゃない?みんな英語喋れるんだろうし」なんて思っていた。英語だって高校生レベルすら怪しい程度のくせに。

 

そんな感じでドイツに来たらドイツ人、英語は話してくれるけど英語だと明らかに排他的な空気を感じるし、見た目がアジア人まっしぐらなもんで「こいつドイツ語喋れないだろうな」と思われて英語に切り替えられて「やっぱり」みたいな顔を見るのもなんか腑に落ちなくて。簡単な挨拶でもドイツ語ですればなんかにっこりしてくれる(確率が上がる)し、ドイツで働こうと思ったらドイツ語が必須だと聞いてドイツに来て1ヶ月半後にA1(ゼロからのスタート、超初心者コース)のドイツ語コースを受講した。A2で一度挫折して、B1(日常生活程度のドイツ語)コースを終了する頃には1年と9ヶ月が経過していた。

 

その時のコースの先生は「早めにB1試験を受けた方がいいよ」と言っていた。なんで?と聞いたら「だってあんたたち忘れちゃうでしょ」と言われた。そんな助言があったにも関わらず怖くて自信がなくて1年放置した。

その間に初心者コースを一緒に受けた友人がB1試験に合格し、B2コースを始めたりして、知人に会うたびにドイツ語の進捗を聞かれるものの一切進展していない自分の状況にうんざりして、衝動的に申し込みをした。勢いに任せて申し込んでしまったので勉強を始めたが、まんまと色々忘れているしクリスマスで浮かれたりしていたら全然間に合わなかったので、ダメ元で1ヶ月先延ばししてもらえないか頼んだらOKしてくれたので1ヶ月の余裕が生まれた。

 

もうこの1ヶ月は家だとやらないのでほぼ毎日図書館に通って、タンデムパートナーにお願いして練習に付き合ってもらった。(とはいっても集中できない日や嫌になる日もたくさんあった)新年が明けた後の冬のドイツでの心の支えはHeizung(家にある暖房器具)だけなので、ちょうどよかった。

 

そんなこんなで迎えた試験の日は緊張しすぎて脇汗だらだらだった。(脇汗かきすぎてそれが冷えて後半は震えてた。)試験会場はとある語学学校だったので取り仕切ってくれたのはそこの先生なんじゃないかと思うんだけれど、その人たちの説明にもちょこちょこ知らない単語や理解できない部分が多発。同じく受験者である人たちの質問が理解できなかったこともあり、開始前からなけなしの自信が削られていくのが分かる。

 

試験はLesen(読む)Hören(聞く)Schreiben(書く)Sprechen(話す)の4つの理解で構成されていて、書いた通りの順番で進んでいく。模擬練習問題を使って何度も何度も時間管理を含めて練習していたにも関わらず、ありえないほど時間に追われたし、想像以上に難しかった。試験中にも自信を削られる。

その上受験者たちは「私は終了しました」とか謎のアピール(そう聞こえる)とかしてるし、開始したら質問できませんって説明があったのに何度も「質問があります」とか言ってるし、トイレ行ったりチョコレート食べたりしてるし(ルール上OKなんだけど個人的に気が散ってしまうし、その余裕があるのがうらやましい)、なんか想像以上にカオスな空間の中で最大限の力を発揮しなきゃいけなくて。そんな練習はしてないんよ・・・文化の違いとか色々あるんだろうからしかたないんですけど・・日本基準の試験だと思って臨んだらギャップに精神削られます。

 

一番緊張するのはもちろん「話す」の試験で、このB1はドイツで生きていくのに必要なレベルで、永住権を取りたい人もこの資格を持っておく必要があるもの。だから何十年もドイツに住んで働いてるドイツ語ペラペラ民が紛れ込んでいることもある。それでなくても私は自分のドイツ語に自信なんてないので、「自分よりドイツ語が上手な人間とペアを組むことになる」と思い込んでいた。

 

蓋を開けてみるとパートナーになった人のドイツ語は1年前の私みたいで、自分の考えをドイツ語で表現するのにひどく時間がかかるタイプだった。「話す」試験は3つのパートに分かれている。

1、お互い自己紹介

2、読んだ課題文の説明と自分の意見を述べる

3、課題の内容を一緒に企画する

これをトータル15分でしなければならないのだが、特に2つめのパートは彼の沈黙で時が過ぎていく。話し出してくれるとホッとするが、何を言っているか分からない。でも理解できてないのは私だけで試験官は理解できているかもしれないと思うと余計なことを言えない(と私は思っている。もしかしたら言ってもよかったのかもしれない)。試験官の人が助け舟を出してくれてやっと私のターンになる。みたいな感じで、3つめのパートではなんだか意見が噛み合わなくて、私は当然彼の言ってることがよく分からなくて、彼もたぶん私が言っていることを理解できなくて、私も説明とかがうまくできなくて、なんかそうやって終了した。

 

まあつまり、全く自信がない。もう終わってしまったからしょうがないんだけど、まっっっっっっったく自信がない。読み、聞き、書き、話し、どれも自信がない。言ったってしょうがないけど思い返すほどに間違いが頭をよぎるし、間違いがよぎるならまだいい方で、間違っているかどうかすらも分からない問題が多すぎて自信がない。

 

そうはいっても終わってしまったので、あとは神頼み、4〜6週間後に結果を受け取るのを待つのみ。

 

 

追伸:

ちなみに受験の1週間前に施設から連絡があって、禁止事項とかを改めてメールに書いてくれていたんだけれど「時計はだめ、水もラベルのない透明なものしかだめ、スマホや携帯などの貴重品はもちろん筆箱も鉛筆も持ち込めません」って書いてあって。最初は私の読み間違いかなと思って翻訳かけたりAIに聞いたりしたけどやっぱり筆記用具も持ち込めないって書いてあって。鉛筆も消しゴムもダメってどういうこと?!と思ってたらそれらも全部開催会場が準備してくれてました。鼻をかむ用のティッシュも準備してくれていて、試験会場の教室に持ち込めるのは本当に身分証明書と水とチョコレートだけだった・・心配性はすぐパニックに落ちいるんだよな・・心に毛を生やしたい。